墓地、永代供養墓のご相談なら、群馬県邑楽郡の「明言寺」まで。

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明言寺 明言寺

こんなお悩み、ございませんか?

  • 由緒あるお寺に墓が持てないだろうか?
  • いずれお墓を購入しなければと思っている
  • 代々の墓に入りたくない事情がある
  • 緑豊かな環境に墓地がないかな?
  • 檀家となって色々なことを相談したい
そのお悩み、明言寺が解決します
お気軽にご相談ください

明言寺の3つの安心

1創建800年以上の古刹
創建800年以上の古刹、明言寺

群馬県邑楽郡の明言寺は、鎌倉時代前期の元久元年(1204年)に天台宗の寺院として創建され、その後、天正二年(1574年)に曹洞宗寺院として再興された、800年以上の歴史を誇る曹洞宗の古刹です。

2多くの参拝客を集める
「こぶ観音」の寺
明言寺は多くの参拝客を集める「こぶ観音」の寺

「子生(こぶ)を授ける」「瘤(こぶ)が取れる」といわれている、明言寺の秘仏「こぶ観音」には、「子どもがほしい人」「不要なものを取り除きたい人」などが数多く訪れて来ています。

また、「上州三十三観音霊場」第十番札所にも定められ、関東一円より多くの参詣者を集めています。

3心を込めてご供養し
管理いたします
明言寺が心を込めてご供養し管理いたします

明言寺の永代個人墓「安心廟(あんじんびょう)」では、墓地代金はもちろん、墓石代も一切かからず、生前の宗派に関係なく、お墓の継承者がいなくても無縁墓になることなく、当山が永代にわたって心をこめてご供養し管理いたします。

お気軽にご相談ください

明言寺の墓地分譲

明言寺の墓地分譲

お墓は末代まで受け継がれる大切な「家族の絆」です。
歴史と由緒ある明言寺の墓地分譲はいかがでしょうか?
外柵が完成している、コンパクトな墓地です。

Bタイプ
(カロート・外柵塔婆立て建設済み)
明言寺の墓地分譲Bタイプ
  • 1区画:0.9×0.9m=0.81㎡
  • 入檀志納金:60万円
Cタイプ
(カロート・外柵塔婆立て建設済み)
明言寺の墓地分譲Cタイプ
  • 1区画:1.0×1.3m=1.3㎡
  • 入檀志納金:90万円
  • 墓石・墓誌・花立・線香置きのみ施主様が自費でお立てください
  • 普通の墓地と同じように永代に使用できますが、移設、墓じまいの時、施主様は墓石・墓誌・花立・線香置きのみ撤去すればよいため、少額の費用で済みます
Aタイプ
(基礎のみ敷設済)
  • 1区画::1.8×1.54m=2.772㎡
  • 入檀志納金:80万円
  • 基礎のみ施設済みなので、基礎から上を自費でお立てください
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明言寺の永代個人墓
安心廟あんじんびょう

先祖代々守られてきたお墓は、子ども、孫が継承するべきですが、少子高齢化社会を迎えている現在、難しくなっています。

明言寺の永代個人墓「安心廟」は、亡くなった方のご家族に代わって、当山がご供養させていただく納骨形式で、個別に供養する期間をご自由にお選びいただけます。

個別供養期間を過ぎても、明言寺が永代にわたってご供養と管理をさせていただきますので、お墓の継承者がいない場合でも無縁墓になることはございません。
募集の対象は、子孫がなく墓をとれない方、子孫に負担をかけたくない方等です。
生前申し込みが基本です。

契約者は明言寺安心会会員(年会費千円)となり、明言寺檀徒(護持会費年千円)となります。

永代供養の期間は、通夜・葬儀から3回忌(2年間)~33回忌(32年間)の間で選べます。


明言寺のご葬儀
ご供養料(例)
3回忌まで布施等 368,000円
17回忌まで布施等 594,000円
33回まで布施等 848,000円

※直系親族は、入会志納金20万円を免除いたします。

  • 契約期間中、遺骨は安心廟内の棚に安置いたします。
  • 契約期間満了後は、遺骨を安心廟下の合祀カロートに移し、明言寺が存続する限り「安心会会員物故者諸精霊」として供養を続けます。
  • 毎年秋彼岸会中日に、安心会会員先祖代々諸精霊・同物故者諸精霊合同供養法要を行ないます。
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明言寺について

明言寺について 明言寺について
名称 月音山 明言寺
(げつおんざん みょうごんじ)
宗派 曹洞宗
本山 大本山永平寺(福井県永平寺町)
大本山総持寺(横浜市鶴見区)
本寺 龍泉院(大泉町城之内)
開創 元久元年(1204年)
再興 天正二年(1574年)
開山 芳庵正東(ほうあんしょうとう)大和尚(龍泉院2世)
住職 石本浩道(26世)

明言寺の由来

曹洞宗月音山明言寺の本尊は、千手観世音菩薩です。

千手観世音菩薩は、また、子(ね)年生まれの方の守り本尊でもあります。

明言寺は、元久元年(1204年)、天台宗の寺院として創建されましたが、その後、天正二年(1574年)、曹洞宗寺院として再興されました。

当山の通称である「こぶ観音」は、観音様のあらたかな霊験を説く「子生(こぶ)観音」と「瘤観音」の二つの説話に由来しています。

こぶ観音について
子生(こぶ)観音

平安時代の末、刀剣を業とする重兵衛夫婦には子供がありませんでしたが、観音様に熱心に祈願したところ男児を授かり、重次郎と名づけました。
たまたま出会った旅の僧が重次郎を見て、「この子は観音様の申し子だから、これを守り本尊にして大事に育てるように」と言って、重次郎に観音像を授けました。

長じて重次郎18才の時、源義経の軍に従い、功を立てて「義清」という名を賜わりました。
しかし、戦に疲れ無常を観じた義清は、刀を捨て、観音像を背負って諸国行脚に出かけました。
そして、上州石打の地に至り、「ここは霊地である」と感じて庵を結び、読経三昧に入りました。これが当山の始まりです。

そして、当山を開創された方が観音様の申し子であったことから、「子宝・安産・子育てに霊験あらたかな観音様」として栄え、今日に至っています。

瘤(こぶ)観音

諸説がありますが、一説には、江戸時代のこと、武州のさるお殿様の目の上に子供のころから瘤があり、大人になってもとれないので主従ともに難渋していました。
このことを耳にした石打の行商人は、「霊験あらたかなこぶ観音様に祈願してみては」とおすすめしました。

主従、観音様に熱心に祈願しましたところ、ある日跡形もなく治りましたので、大いに喜んで行列を整えてお礼参りに訪れたといいます。
このことから、悪いものはみな「瘤」(不要なもの)として取り除いてくださるという信仰が生まれ、今日もお参りが絶えません。

上州十番礼所について

平成11年(1999年)、「上州三十三観音霊場」第十番札所と定められ、関東一円より多くの参詣者を集めています。

両野六番礼所について

宝暦四年(1754年)、「両野三十三観音霊場」第六番札所と定められてから、人々の信仰は益々厚く、参詣者は常に絶えることがありません。
なお、現在、この札所は整備されておりません。

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曹洞宗について

曹洞宗とは

今から八百年ほど前の鎌倉時代、道元禅師(どうげんぜんじ)が正伝の仏法を中国から日本に伝え、瑩山禅師(けいざんぜんじ)が全国に広められ曹洞宗の礎を築かれました。

このお二方を両祖と申し上げ、ご本尊であるお釈迦さま(釈迦牟尼仏)と共に、一仏両祖(いちぶつりょうそ)として仰ぎます。

宗旨

曹洞宗の宗旨・教義

曹洞宗は、お釈迦様をはじめとして歴代の祖師方によって相承されてきた『正伝の仏法』を根本とする宗派です。

それは「坐禅の教え」を依りどころにしており、坐禅の実践によって得る「身と心のやすらぎ」が、そのまま『仏の姿』であると自覚することにあります。

そして、坐禅の精神による『行住坐臥(「行」とは歩くこと、「住」とはとどまること、「坐」とは坐ること、「臥」とは寝ることで、生活すべてを指します)』の生活に安住し、お互いに「安らかでおだやかな日々を送る」ことに、「人間として生まれてきたこの世に価値を見出していこう」というものです。

教義

私たちが人間として生を得るということは、「仏様と同じ心、『仏心』を与えられてこの世に生まれた」と、道元禅師はおっしゃっておられます。

『仏心』には、「自分のいのちを大切にする」だけでなく、「他の人びとや物のいのちも大切にする、他者への思いやり」が息づいています。しかし、私たちはその尊さに気づかずに我がまま勝手の生活をして苦しみや悩みのもとをつくってしまいがちです。

曹洞宗の宗旨・教義

お釈迦様、道元禅師、瑩山禅師の『み教え』を信じ、その教えに導かれて、「毎日の生活の中の行い一つひとつを大切にする」ことを心がけたならば、身と心が調えられ、私たちのなかにある『仏の姿』が明らかとなります。

日々の生活を意識して行じ、互いに生きる喜びを見出していくことが、『曹洞宗の目指す生き方』といえましょう。

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明言寺概要

寺院名 月音山 明言寺
(げつおんざん みょうごんじ)
通称 石打こぶ観音
宗派 曹洞宗
住職 石本 浩道
住所 〒370-0604
群馬県邑楽郡邑楽町石打237-1
アクセス 東武小泉線「篠塚」駅から徒歩約20分
TEL

0276-88-1728

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